「あかり家の仲間たち」の活動と、るんばるんばの日記
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カテゴリ:脳出血の経緯( 2 )

脳出血の悪夢
今日は、札幌市中央区の中島体育センターに行って来ました。
そう、タイで脳出血により倒れから3年半ぶりにトレーニングルームへ。

あのとき、腹筋運動20回するのを、調子がいいので40回やってしまった。あれが悪かったのか。いや、どのみち脳出血が避けられないなら、妻がアパートに居ることが幸いしたのか。

病院で、たまたま手術室が一杯だった、そしてちょっと手術が遅れたのが残念なのか。医者はタイでも一流、アメリカで教育を受けたのが幸いだったのか。

でも、こうなってしまった・・・・これも運命なのか!?

 ・・・命が助かったのが良かった・・・

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by lumba-2 | 2007-12-09 00:43 | 脳出血の経緯
3年まえの脳出血
タイ(バンコク)に居る時に脳出血で倒れました。

丁度午後5時頃、アパートのトレーニングルームでウェートトレーニングをしていた時です。部屋には誰も居ませんでした。初めは脳出血とは知らなかったので、まず携帯でテニスのコーチに「今日はちょっと具合が良くないので」と6時の断わりの電話をしました。それで、妻には携帯で「トレーニングルーム・・・・・」と言ったきりしどろもどろ、後は記憶が有りません。

病院で目が覚めたのは、1-2日後です。医者はタイでも一流、アメリカで教育を受けたんだそうです。ただこの日、丁度急患は他にもいて手術中だった。そこで僕の脳出血量は15mmにも達していました(15mmというのは、けっこう凄いらしい)。「寝たきりになるかも知れない」と妻は聞かされていたんだそうな。

タイで病院にいたのは2ヶ月あまり。寝たきりにはならなかったが、障害で右半身が動かない。妻と3人の息子を連れて行ったが、まだ中3、中1、小3。生命保険が下りたら、大学に3人とも入れるかな・・・・と10階から下を覗く。

それで、全員で日本へ帰国です。
タイにいた時には妻が、「それ」「あれ」で済んでいたのに、札幌に帰って来てから一番大変なのが失語症です。「分かっているのに言葉が出て来ない」というのがフラストレーション。これは僕にとっては、右半身不随というよりもっと致命的だった。なにしろ英語が仕事だったのと、もともとホームページをやっていたから。

脳出血から8月で3年、少しだけ言葉が話せるようになりました。そこで、またホームページとブログをまたやってみたいと思います。


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by lumba-2 | 2007-05-12 20:02 | 脳出血の経緯